2010年3月23日火曜日

大学で学ぶことの意義

大学に入学して早半年が過ぎた。そして僕は失望している。というのも、せっかく期待して入ったのに、大学で学ぶことで何かを得たという気がしないからだ。 僕が大学に期待していたのは単位でも資格でもなく、はては教授の狭い研究分野に関する自説や知識などでもない(もちろん、それらはそれなりに重要ではある が)。僕はただこの世界で生きるに際しての多様なものの見方を教えてもらいたかったのだ。

結局のところ、少なくともパンキョーはその力を自分に与えてくれそうにはない。もちろん、面白い授業はある、尊敬に値する先生もいる。しかし、それらを学 ぶことで将来それが自分にどう役に立つかがわからないし(もちろん、いつか役に立つときが来るかもしれないが)、何よりそれぞれの先生たちが狭い専門分野 を担当していて、それらを結びつける体系化された基礎的な授業が皆無に等しいので、諸学問の全体像がさっぱり見えてこないのだ。

もちろん、大学に入って無駄だったということではない。京都という新しい土地を発見したし、学生寮やサークルで友達も出来た。いろいろなことに挑戦した し、たくさん本を読んで勉強もした。こうしたことは将来社会に出てもきっと何らかの形で役に立つだろう。だが、それらは大学という環境・大学生という身分 を通じて獲得したものであり、大学に行くことの本来の目的(のはず)である学問を修めることで手に入れたものではない。

他の大学はわからないが、もし日本全国の大学がこのような感じだとすると、日本の大学は本当に残念だ。結局のところ、少なくとも日本では、大学生が本当に 世の中を生きるための学問を学びたいと欲するのならば、独学するしかないのだろう。そのことを僕は再確認させられた。大学に行くことに価値はあるだろう が、この世界を生きるのに必要な多様なものの考え方・見方を手に入れることにつながる学問を学ぶ場所としては無価値なのではないだろうか。

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